【金沢の歴史】金沢最初のクリスマスパーティは盛大だった!

こんにちは。

金沢の料理屋四代目店主の山縣 秀行(@kotobukiya_yama)です。

今日は、クリスマスイブ。

どちらの家庭でも、今日か、明日の夜にご家庭などでパーティが開かれることが多いかと思います。

ちょっと調べてみたところ、日本で最初にクリスマスが祝われたのは、1552年の12月24日

山口県山口市で、コスメ・デ・トーレスという宣教師が日本人の信者を招き、賛美歌を歌ってお祝いをしたのが最初とされています。(諸説あります)

では、いったい金沢ではどうだったのか。

1608年のクリスマスに、金沢にあった南蛮寺で、かなり大規模なクリスマス会が開催されたと伝わっています。

南蛮寺は、現在の紺屋坂を下ったところ、兼六園下交差点付近にあったいわれています。

また、現在の尾崎神社一帯にキリシタン達の住まいがあり、そのすぐそばの金沢商工会議所の向かい、大谷廟所のあたりにあった教会で開催されたという説も。

キリシタン大名として有名な高山右近が、当時加賀藩に客将として召し抱えられており、彼が、当時金沢にいたキリスト教信者を招待したところ、南蛮風の珍しい儀式を一目見ようと、多くの人がやってきたんだとか。

いわゆるミサが行われ、賛美歌の斉唱の後、招待客を大層なご馳走でもてなしたそうです。

まさに、クリスマスパーティ

加賀料理の代表「じぶ(じぶ煮)」は、南蛮文化を元に、高山右近が考案したという言い伝えもあり、もしかしたら、この日のご馳走の1つとして供されていたかもしれません。

金沢には、最大1,500人以上のキリシタン信者がいたとされていますが、江戸幕府によるキリシタン国外追放令により、高山右近も金沢より退去し、その後、南蛮寺も破却され、信者たちも改宗を迫られていくことになります。

1614年発行のキリスト教の組織イエズス会の会報には、金沢教会が日本で一番栄えた教会であると記されています。

ホンの数十年前までは、一向宗によって栄えた街だったのが、その後は、日本一のキリシタンの聖地に。

なんとも、金沢ってのは掘るほどに面白い街です。

雑記帳

Posted by yamagata